多くのヤマハ製品のデザインに黎明期から携わってきたGKデザイングループの創始者,栄久庵憲司氏は,ヤマハ発動機の創業者,川上源一の言葉を鮮明に覚えていた。“エンジンの付いたオトバであっても,それを美しい形に置き換えて初めて本当のオトバになる。””と——。また,GKダイナミックスで長く代表を務めた石山篤氏は,“またぐという姿勢をとるモーターサイクルは独特の”人機一体”感を生む。古来人間の中に眠る騎馬本能。荒野を駆けめぐり,獲物を追い,征服する。それを“人機”によって再現しているのがモタサクルである。モーターサイクルこそ“人”機が一体となり,人間の魂が求める永遠の生のエネルギー“魂源”なるものを実現する機械自体の正統な申し子である”という表現で,人とマシンの関係について語っている。

1991年,ヤマハでは,これらの思想を凝縮し,“ヒューマノニクス”というキーワードを用いるようになった。これは”人間を中心とした技術”を意味するヤマハの造語で,“感覚・感性までも含んだ人間工学“という意味を内包している。通常,身体の構造や位置関係などの人間工学は,“エルゴノミックス”という言葉で表現されるが,“ヒューマノニクス”の意味は,それよりも広く,感覚や感性までを含んでいる。

2001年東京モ、タ、ショ、に参考出品された“otodama(音魂)”オブジェ

人間の身体は,時と場合により意思とは関係なく,自律神経によって無意識的,反射的にコントロールされている。こうした人間のリズムや生理的変化である”ゆらぎ”を計測し,評価して,その情報を製品開発に応用しようという技術が”ヒューマノニクス技術”である。ヤマハでは,技術開発部門を中心に”ヒューマノニクス研究グループ”を発足させ,幅広い研究に取り組んだ。

同年,これらの研究を進める中で”ヒューマノニクス”の発想をさらに広げ,“トリニクス”という新語に結晶させた。これは”メカニクス(機械工学)”,“エレクトロニクス(電子工学)”,“ヒューマノニクス”の3つを融合したものだった。”“トリニクスは以後のヤマハ技術戦略の柱となり,“人が使っての心地よさ”をよりよいものづくりに活かしていく姿勢を明確に打ち出した。

さらに1997年の”東京モーターショー”では,“人機官能“というキーワードを用いて感性に訴える技術を提示し,2002年には”ヒューマン(人类)”と”マシン(机)”を組み合わせた造語”ヒューマシン”という言葉に集約させて,人間の感性を刺激するという創業以来の理念をより高めていった。